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【イナクロ用語考察】多重時間理論

 こんにちはKオスです。イナクロの考察をまとめておける場所が欲しかったのでブログを持つことにしました。

 イナクロって専門用語が多くて特にパラレルワールドなんて理解が大変すぎて困ります。おかげで小説書くにも苦労しますし、ちょっとでも思考の洗練化ができればいいですね。

 

 今回は第1回として「多重時間理論」を自分なりにまとめて考えたいと思います。

 

 

多重時間理論とは?

 多重時間理論の概要はイナクロゲームのおまけ要素の一つ、イナペディアにてF.Rさんが語ってくれます。(たぶんフェイくん)

 

『アルノ博士の研究結果を元にした理論で、並行するパラレルワールドは少しずつ1つの歴史に収束していくというもの。博士はそれをギターの弦に例えている』

 

 アルノ博士とは雷門イレブンの前に神出鬼没に現れる変なおじさんです。しかし実は多重時間理論の提唱者にしてタイムマシンを発明したご本人でもあります。天才か?

 イナクロ5話ではアルノ博士が直接多重時間理論の解説をしてくれます。以下はその説明を要約したものです。考察の基礎になるので大事なポイントですね。

 概要

★本来、時の流れは本流の一本のみ(ここでは正史と呼称する)

★分岐点(インタラプト)から時間に介入することでパラレルワールドが発生する

★発生するパラレルワールドの個数は時と場合で異なる

★変えられた歴史は徐々に一つに戻ろうとする

★正史となった流れ以外は消える

 

 雷門イレブンへの説明という形を取りつつ、視聴者の理解を促してくれます。ありがてえ……。

 (正直イナクロの用語理解をするうえで一番厳しいのが、サッカー禁止令前までとアーサー王の世界にタイムジャンプする時だと思ってます。)

 

多重時間理論の謎

 基礎もおさえたところで踏みこんだ話をしていきましょう。

 とはいえ、F.Rさんが言うように多重時間理論とはパラレルワールドの発生と収束に関する理論なわけです。つまり、ここで話しすぎると長くなるうえにパラレルワールドの考察と被ります。読むのも書くのも大変です。

 

 そこで話す内容をかなり限定的に留め、「パラレルワールドの発生と収束」にしぼります。

 

 しぼった結果、私が疑問に思う「多重時間理論」の謎はこれです。↓↓↓

 

①分岐点=パラレルワールドの出発点ならば収束点はどこなのか?

パラレルワールドの収束にかかる時間はどれほどか?

パラレルワールドが一つに戻ろうとする=パラレルワールドに優劣があるのか?

 

 ①と②は内容が被るので同時進行で進めましょう。

 

パラレルワールドの収束点

 

 パラレルワールドの収束点という考えはアルノ博士の「ギターのたとえ話」のシーンに由来します。

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 ↑全体像は描かれていませんが、それらしいものが右端にありますね

 

 収束点には収束点は一つしかない・収束点以降には正史一本のみが存在する特徴があると考えられます。

 イナクロではパラレルワールドとは可能性の世界と形容されます。収束点とはつまり全ての可能性が否定される瞬間というわけです。正史と認められた世界以外は「消えて」しまい、歴史が確定する。

 この収束点の位置と歴史が収束して確定するまでの時間が気になるところです。

仮説提唱

 私見を先に述べてしまうと、

収束点の定義は「分岐点を修正した者が本来存在する時間軸」であり、

収束にかかる時間は「分岐点を修正した時点から一定期間経過したとき」

ではないでしょうか。

詳細

 「分岐点を修正した者」というのはルートエージェントたちのことです。つまり収束点は天馬たちの時代から200年後の未来ということになります。

 こう仮定するとストーリーの間、未来世界の情勢に変化がなかった説明がつくのです。サッカー禁止令が発令された後でもサッカー記念博物館の品が減っている・博物館が消えかけているといった描写はありませんでした。セカンドステージ・チルドレンも存在が希薄になっていませんよね。

 

 未来世界には変化がない=時間介入の影響が出ていないのです。そして作中の描写からして未来世界が複数あるとも思えません。

(唯一ひっかかるのはイナクロ2話のアルファさんのセリフですが。

 アルファさん「他のパラレルワールドの我々とすでに戦っているようだ」

 これに関してはアルファさんが一度目に天馬たちと戦ったのは青色のパラレルワールドの話なので(下図参照)、この発言は未来人は複数いる意図を含まないと解釈しました。未来人には時空の共鳴現象が起きなかったのも説明できます。)

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これらの点を踏まえると収束点とは分岐点を修正した者が本来存在する時間軸であると考えられます。

 

 

パラレルワールドの収束にかかる時間

 仮説提唱・補足

 上で書いた「分岐点を修正した時点から一定期間経過したとき」の定義はもう少し補足する必要があります。

 

 説明が難しいのですが、例えば6年前に剣城兄弟の事故を阻止しにタイムジャンプして分岐点を修正します。この場合「一定時間の経過」とは6年前~現代ではなく、修正されたタイミング~歴史が収束するタイミングとなるのです。

(ちなみに収束のタイミングとは収束点の位置とは別物と考えます)

 

 つまり収束にかかる時間は絶対的な時の流れではなく、相対的な一定期間ということです。(むずい)

 

 そう考えないと収束にかかる時間が長すぎて物語の緊迫感に欠けます。

 サッカー禁止令が出ちゃった! 大丈夫、歴史が確定するまで5年はあるからね! なんてあんまりです。より昔の出来事を修正されるほどエルドラドのワンサイドゲームになる問題もあります。

 メタ的に見て、フェイくんが「歴史の修正は定着するまで時間がかかる」と言えるほどの長すぎない・短すぎない時間でなければなりません。

(収束タイミングは収束点の位置ではないと考えるのもこういう理由です。200年以上の猶予が生まれちゃうので)

 

参考設定

 ここで参考になるのが3つの設定

ホーリーロード決勝から3か月が過ぎた(イナクロ冒頭)」

「11年前の分岐点から元の時代に戻ろうとした」

「戻ってみると6年前の歴史介入が確定しようとしていた」

です。

 

  GO1期ラストではホーリーロード優勝をTV局に取材されるところをエルドラドが監視するシーンで終わります(分岐点の確認も済んだと発言してます)。そして物語冒頭、すでに歴史は書き換えられていました。大ざっぱですが、歴史修正はイナクロ時系列のほぼ3か月前から行われたと言えるでしょう。

 そして11年前の分岐点から現代に戻ろうとして「剣城京介がサッカーを手放したパラレルワールド」に到着します。元の時代と言うからには時間軸は「ホーリーロード決勝から3か月が過ぎた」のと変わらないはずです。

 6年前の歴史介入が確定しようとしている、というのはそのままですね。

 

 これらを総合すると「歴史介入が定着するまで3か月前後」という結果が導き出されます。

 

 まとめると時間の収束にかかる時間は「分岐点を修正した時点から一定期間が経過したとき」を指し、その具体的期間は3か月前後となるわけです。

 下図で感じ取ってください……

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パラレルワールドの優劣

 

 多重時間理論の謎の峠は越えましたが最後の一つが残っています。時の流れが徐々に一つに戻ろうとするのはいいとして、エルドラドの望むタイムルートに仕上がる可能性はあるのでしょうか。

 

 エルドラドの行動は一貫して分岐点の修正に動くばかりで、どのパラレルワールドが正史と認識されるかに気を配ってる様子はありません。

 そのためパラレルワールドの発生数に関わらず、正史扱いとなるパラレルワールドが決まる法則のようなものがあるはずです。

 

仮説提唱

 そしてあれこれと考えた結果、

「分岐点を修正して発生したパラレルワールドが正史として扱われる」法則

があると考えました。 

 

 法則というより、歴史にとってより筋が通る時の流れが正史と見なされると言ったほうが良いかもしれません。

 

「分岐点」の振り返り

 まずは軽くおさらいです。

分岐点(インタラプト)は歴史修正において特別なターニングポイントです。

 パラレルワールドを生みだすほど致命的な歴史の変わり目が分岐点なのです。

 他のこまごまとした微修正とは重さが違うと認識してください。(ガンマさんがチンピラを洗脳して二年生たちにけしかけたのが微修正の一例です)

 

・歴史の自己修復力は非常に強力です。

 分岐点に関わらない細かな変化は許容されます。木下藤吉郎が織田VS今川の御前試合で取り立てられた歴史にさりげなく変わっています。

(のちに別途記事にする予定なので詳しくは省きます)

 

例示

 雷門サッカー部復活阻止を例にとって考えてみましょう。

 プロトコル・オメガの介入によって「サッカー部は復活しなかった」パラレルワールドが生まれました。少しずつパラレルワールドは収束し、一つに戻っていきます。

 本来の歴史では円堂は無事に帰宅していました。しかしプロトコル・オメガの介入で”試合”を強要され、おそらく再起不能レベルになってしまったのでしょう。

 

「再起不能になった円堂守がサッカー部を復活させる世界」

「再起不能になった円堂守がサッカー部を復活させない世界」

どちらが筋が通る歴史かと言われれば後者でしょう。

 

 「歴史の辻褄合わせ」が起こることからも、時の流れはより現実的・理論的に正しい流れを保とうとする傾向にあるようです。時の流れ自体が正史とするべきパラレルワールドを取捨選択している可能性は大いにあるでしょう。

 

 この理論ならパラレルワールドが複数発生した場合も問題ありません。発生したパラレルワールドのどれが正史に選ばれようと、いずれも「円堂守がサッカー部を復活させない世界」には変わりないのです。どれになろうとエルドラドが一番求めるサッカーの衰退の歴史を歩むのですから。

 あとは細かな微修正を加えていけばサッカー消去が達成できる……という流れではないでしょうか。

 

 まとめるとパラレルワールドの優劣は時の流れそのものが決定している。そして決定の分かれ目が分岐点であり、修正された歴史のほうが現実的なのでそちらが正史として認識される仕組みがある」のです。

 

 

 いかがでしたでしょうか。

 個人的には収束にかかる時間の考察はうまく言語化できない箇所があり、苦しさが否めないと感じました。難しいものです。

 ではではこの辺で~